一周まわって ふりだしへ?
      〜いとしいとしと いふこころ 続編 


     6



彼の人がずば抜けているのは品よく玲瓏な風貌のみならず。
自分よりも遥かに聡明で、様々なことへの造詣も深く、
人生経験も…前歴が前歴なだけに普通一般の実年齢以上に豊富であろうから、
そんな彼から きっとそうなるのだよと言われれば、
多分という想定以上、ほぼ確定なのだろなとすんなり受け入れられる。
そんな予備知識がなくたって、
あっさり言いくるめられる弁舌を日常のご挨拶レベルで繰り出せているお人だ。
そして、

 “確かに…。”

太宰の想い人で、敦が知るところの芥川という青年も、
その過激なまでの戦闘力を見出し、手づから磨いたこの御仁に対しては、
まだまだ途上というものか、
遠慮に見えなくもない級の 折り目正しい謙虚さをもて、
師へは傅くのがデフォルトだといまだに思っているような節が強い。
対等な恋人同士とか、も少し譲った先輩後輩という間柄よりももっと目下の、
一歩引いた主従関係で満足しておいでのような傾向があるのは否めない。

 『私という人間はね、虚洞なんだ、がらんどうなんだよ。』

小器用なだけで実がなく、人を駒のよにしか見られない、
そんな人間だったのだと言い。
今になって芽生えた自分の感覚にさえ狼狽えているほど、
情というものに添うての歩みは何とも覚束ない身だと言う。
なので、

 『そんな私に師事していてはいけない。』

かのごとく、
それはきっちりと、理に適った言いようを展開している太宰であり。
何でもないことにまで随分と動揺してしまうよな自分なんぞと共に居ては、
またもや振り回されるだけなんだよと言い出したのへ、
ついつい引き込まれかかった敦だが、

 “でも…っ。”

それが恋情なのか、ただただ敬愛しているだけかは、本人にしか判らないこと。
いくら当事者の片割れご本人だとしたって、
勝手に、しかも可及的速やかに、進路変更していいというものじゃあないだろう。
だと思ったのは敦だけではないようで。
呼びたてた中也もまた、そんな身勝手な言動へ、
呆れを越えての腹に据えかねるという感慨をその総身から滲ませていて。
断りも諾もないままに上がり込むと、
太宰宅の居室の中央、卓袱台の一隅へ
外套がしわになるのも厭わず どさっと座り込み、

「そういうのは最適解とは言えねぇな。ただの敵前逃亡だ。
 不幸にするから共に居られねぇだ? 失望されるのがそうも怖いのか?」

理に走る奴はこれだからと片膝を立てての説教モード。
曖昧な答えが幾通りもある“情”への耐性がないからって、そうまで混乱してどうすんだと、
細い眉を跳ね上げて苦々しげな顔をする。

「こないだなんて、
 歯に衣着せない言い合いをし合っとっただろうに。」

手の込んだ策謀の標的にされていた身だったのへ、いち早く気付いた太宰がそれは巧妙に対処した折、
庇われているばかりなのは納得がいかぬと珍しくも噛みついた彼の青年であり。(アダムとイヴの昔より)
どうしても相容れられないことであれば、
相手が恩人に等しい この師匠であれ、
理に添うた言いようを返していた あの青年だったではないかと。
そうそう 型に嵌まった主従関係でもなくなりつつあるんじゃあないかとの例を挙げれば。

「何だよ。素敵なお嬢さんと添い遂げさせようってのが何で非難されるの?」

打って変わって、むうと判りやすく不貞腐れるものだから、それへはついつい敦が口を挟む。

「何も BLまっしぐらしろなんて言ってません。」

これこれ、敦くん。そんな下世話な用語、どこで覚えて来たの。
…じゃあなくて、

「別にそのまま逢うことも叶わぬ仲になるってわけじゃあないんだよ?」
「それでも、一等大事だって位置関係じゃあなくなるってことじゃないですか。」

現上司と部下との舌戦になったのへ、
贔屓抜きで敦の側の言い分へ感慨深げに頷いてから。
その上で、中也としてはこれだけは譲れないとばかりに、声に張りもて告げたのが、

「敦が言ったようにそりゃあ幸せそうにしている彼奴を、
 また捨てられるのかっていう、これ以上はねぇ奈落へ叩き落す気か。」

鋭角な双眸をさらに尖らせ、このまま睨み殺してやってもいいんだぜとばかり。
険悪な顔つきのまま、それでも何とか順序立てて中也が説けば、

 「だって。」

子供のような言い回しが、だのに妙に似合うような口ぶり、
やや上ずった声で、反駁の構えを示す太宰であり。
常の頼もしさ、冴えて隙の無い理知的な余裕が失せているのは、
彼が先程紡いだように、初めての感慨に翻弄されている余燼のせいかもで。
それが証拠に、

 「……。」

感情的になった言いようを、さすがに思い留めんとしかかったか、
一旦 くっと短く息をついたものの。

 「…私が落ち着けないのだよ。」

その中からこぼれた一言はあまりに稚拙で。
常の余裕があって飄々とした、落ち着いた風情はどこへやら、
苦々しいもの無理から飲み下そうという顔になる太宰で。

「やがては独立してゆくものならば、納得いく形で、
 そう、他でもない私自身がぐうの音も出ないような格好で、
 完膚なきまでのところへ送り出したいのだよ。」

何だか妙な言い回しでそうと告げた後へ、
不意に語調が弱まっての 絞り出すよな声音で紡がれたのは、

「しっかと誰かのものとなっててくれないと、何するか判らない。」

それが敦くんや君が相手でも、
ついついムカッと来てしまう、イラッと妬いてしまうのを抑え込むのが大変で。

「こうまで人臭くなった身で、師だなんて烏滸がましいじゃあないか。」

「……ほほぉ。」
「な…。」

何ですかそりゃと、敦が呆れたのも無理はない。
こんな身勝手な “予防策”なんて聞いたことがない。
大切な愛し子への慈しみようが覚束ず、
このままでは彼へ近しい者へまで何しでかすかも判らずで。
そんな自分は傍に居ない方がいい…だなんて、どこかで何かが歪んでる。
裏表を間違えて貼り付けた、メビウスの輪みたいだと、つい思った。

 “頭の回転が速い人の、自己防衛ってやつなんだろうか。”

よその誰かのそれならば、戦略のごとく割り切っての解析も出来ようことだが、
我が身に熾った熱が相手とあっては それはそれは慣れぬこと。
なので、正体不明なこの熱が取り返しのつかない牙を剥く前に
何とかしなきゃと行動に出てみかかり、
その前のシュミレイトに取り掛かってみた彼だったようで。
そしてその結果が、この混乱だというのなら、

 “いい歳して知恵熱起こしてんじゃねぇっての。”

しかも持て余した挙句に思いついたことというのが逃げの一手で。
その流れへ敦が焦ったのは、この男、妙に実行力があるから恐ろしい。
早く手を打たなくちゃあ取り返しがつかないことになりかねぬ。
自分の感情の制御はこの通りなくせして、
いざ対処に取り掛かったなら
巻き込まれた相手が傷つくような段取りを持って来て、
断りづらかろう心情とかふんだんに盛り込むに決まっており。
そんな先を見越したのだろう、
こたびは何とか未遂に終わったとはいえ
代理のように翻弄された敦を見やって、はぁあと重々しいため息をついた中也さん。
その顔を上げ、太宰の方を向いたままそのまま、不意に声を張り、
投げ出すように放った一言というのが、

「だそうだぞ、芥川。」
「〜〜〜〜〜っ!!」

駄々もどきをこぼしていた太宰の俯きかけた横顔がギクリと強張る。
これが他人ごとならこんな流れも予想出来たろうが、
自分の上へ降って来るとは思わなんだのだろう。
先程中也が壊れんばかりの勢いつけて開いたドアが、
今度はそれは静かに外から開いて。
こつりという堅い靴音微かに響かせ、
太宰にも見慣れた、
愛しいが でもでも今は地雷に等しき存在がその姿を現すに至り、

 「……。」

そのままちらりと敦の方へ、非難するよな視線が飛んできたが。

「ボクは中也さんに連絡しただけです。でも、」

当人同士で決めることでしょうし、
いい加減よく判らないややこしいのろけを聞かされるのも大変ですし、
何より蚊帳の外にされてるのも気の毒ですし。

「ボクがしゃしゃり出るより、中也さんと言い合いになるより、
 ずっといいと思います。」

なので。
お二人で話し合ってくださいなと、今度ばかりは狼狽えもせず。
むしろ、背後のドアが開いた気配へ、
動じもしないで振り向いて見せたほどだった。





年が明け、暦の上での春も間近いせいだろか。
ちょっと前なら早々と薄暗くなりかかっていただろう頃合いだのに、
まだ薄暮と呼んでいい明るさが残る夕刻に差しかかっており。

「強腰だったな、敦。」

自分を呼んだからにはもうお手上げという状態だったのだろうに。
しかも、恩人であり先輩であり、上司でもある太宰を相手に、
最後はなかなかつけつけとした物言いをした彼だったのへ、
社員寮であるアパートを出つつ、中也が感心したような口ぶりで告げれば。
ちょっぴり恐縮しての視線が下がり気味ながら、それでもまだどこか憤然としたままで。

「だって、ちゃんと向かい合ってほしいじゃないですか。
 あんなにお互い好き合ってるのに何やってんだか。」

太宰の言い分は、落ち着いて何度も噛み砕けば
結句 “芥川に負担を掛けたくはない”ということに帰着する。
大事にしたい彼だからこそ、こんな落ち着きの無くなった自分の傍に居ちゃあいかんと。
風邪ひいてるから罹患しないよう離れなさいというのと似たような按配で
狼狽えているようにしか見えないと
…それはそれで大雑把が過ぎるが、
そんなようにしか見えないんだものと憤慨しきりの虎の子くんであるようで。

 “それに、”

敦は芥川の側の心情とやらを様々な場面で聞いてもいる。
一番最初のそれらしい一言なんて、

『仕える者が義務で侍っているような、
 そんな付き合いようをしているものかと誤解されては…。』

どう考えてもただの敬愛以上、
懸想している相手へでなけりゃあ思い及ばぬ憂慮ではなかろうか。

「それに、太宰さんが独りになるのは嫌なんです。」

腕力の話じゃあなく、人として、
それは強くて頼もしい人だけど。それでも
何となれば誰ともかかわらず独りでいようとするなんて、
そんなことを自分で選ぶなんて、寂しすぎる。
あんなにやさしい人なのに、誰かのために奔走出来る懐の深い人なのに。

 “ためにならないから、だって?”

そんなこと言って、あれほど大事にしている彼からさえ離れようとするなんて、
それが合理的とやらいう賢明さが導いた“正しい答え”でも、そんなの何か間違ってる。
踏み込まれたくはないのがどうしてかも、自分には判らない。
飄々としていて、いい加減なことばかり言って、
そんなしてロクな人間じゃないんだなんてバリケードこさえても、

 “判る人には判るんですからね。”

誤魔化されるもんですかと、ムキになって視線を強める。
そうさ、誤魔化されたりなんかしない。
してあげないんだ。

 “放ってなんておけない、一緒に居たい人なんだって。”

自分を大事にしないところは、自分もあんまり言えないけれど、
それがうんと もどかしいけど、

 “うん、大丈夫。”

そこは芥川が何とかすると、確信をもって胸を張り、
どした?と呼んだ中也の進んだ方へ、
何でもありませんと笑って、
寒風に昂然と顔を上げ、ぱたぱたと駆け寄った虎の子くんだった。



     to be continued. (18.01.09.〜)



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 *敵には容赦ないけど、本命にチョー逃げ腰な太宰さん。
  要はそういうお話になりそうな気配ですvv (そんな他人ごとみたいに…)